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AlphonseのCINEMA BOX

管理人Alphonseが観た映画の感想を書いているブログ。

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八犬伝特集1


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SPECIAL BOX。
第30弾は、「八犬伝」特集です。

八犬伝画像
クリックすると大きな画像が見えます。

ネタバレ満載ですので、ご注意ください。

それでは、お楽しみください。

八犬伝画像
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■作品紹介

◆制作年:2024年◆タイトル:八犬伝
◆監督:曽利文彦◆主演:役所広司、内野聖陽◆助演:土屋太鳳、渡邊圭祐、鈴木仁、板垣李光人、水上恒司、松岡広大、佳久創、藤岡真威人、上杉柊平、栗山千明、磯村勇斗、立川談春、黒木華、寺島しのぶ
◆コメント:正義で何が悪い
俳優、および監督名はインターネット上で調べたものを掲載しています。
主演、助演の区別は独断と偏見で決めさせていただきました。

■あらすじ

八犬伝のあらすじを葛飾北斎に語る曲亭馬琴。

■感想

「ゴジラ-1.0」以来の映画館。久しぶりの大音響に酔いしれた。
面白かった。絶賛。というほどではないけれど、楽しめた。

あえて苦言を呈するなら、最終決戦で、もう少し派手なアクションシーンが見たかった。
昨今の役者に往年の時代劇のようなチャンバラを求めるのは酷かもしれないが、「るろうに剣心」ぐらいのアクションシーンはあってもよかっただろう。

というのも、薬師丸ひろ子、真田広之主演の「里見八犬伝」を観ているからだ。
この「里見八犬伝」に関しては色々書くことがあるのだが、それは別の頁にゆずる。

乗馬シーンはあるし、千葉真一、真田広之、志穂美悦子といった日本のアクション界を牽引したスター総出演だし、監督が深作欣二とくれば、当然だ。当時の映画界で、これ以上何を望む?

余談だが、私は時代物で乗馬シーンがあると、評価が何割か増してしまう。それも演者がちゃんと馬に乗り、疾走するシーンがあるとなおさらだ。逆にカメラワークで乗っているように誤魔化したものは、興ざめしてしまう。ちなみに乗馬シーンの最高傑作はTVドラマ「影の軍団」に出てくる、馬体に隠れて移動し、いきなり現れ攻撃するシーンだ。

そんなこともあって、アクションシーンに関してはマイナス。

全体としては、比較的原作に忠実に映像化されていたものの、渡辺崋山が幕府に逮捕される場面がない。
原作では、反体制派の渡辺崋山が、幕府に逮捕されてしまう。一方馬琴は幕府からの発禁処分をおそれ、政治的な内容を八犬伝に書かなかった。
このあたりも入れて欲しかったのだが、それは時間的に無理だろう。

それから、原作を読まないとわからないが、馬琴の孫は幼くして亡くなってしまう。しかしこれは馬琴の死後のことなので、映像化する必要はないが、原作を読んでいると、なんともやりきれなくなるエピソードなのだ。

逆に原作では簡単に描写されてしまう最終決戦が、しっかり描写されていて好感をもてた。アクションシーンに不満があったのはすでに書いたとおりだが。

村雨をめぐる話、信乃と浜路の恋の行方、特徴ある八犬士たち。馬琴の息子の死、お路の口述筆記などは、原作をすでに読んでいたので、おさらい程度で、それほど驚くことも感動することもなかったが、中盤は少し、ウルっときた。どのシーンというわけではないのだが、個人的な八犬伝に対する懐かしさからかもしれない。

否定的な感想ばかり書いてしまったので、ここからは褒めておく。

八犬伝最大の見せ場である芳流閣での決闘は、小説では得られない映像の面白さが満載。
信乃をとらえるための綱が、見事にワイヤーアクションとして機能していて、物理法則に則った見事なアクション。
瓦が落ちるシーンも詳細に描かれ、見ごたえ充分となっている。

「里見八犬伝」で夏木マリが演じた玉梓を、本作では栗山千明が見事な悪女ぶりを好演。船虫にいたっては、「里見八犬伝」と遜色なく、同一人物が演じているのではないかと思う程の出来である。

ここからは、私の個人的な本作に関する思いを書いておく。

本作は2024年の10月に観たため、公開から1週間も経っていない。
こんなにすぐに映画館に足を運んだのは、公開終了を危惧したからだ。

通常、映画は1か月公開される。しかし不人気で客が来ないとなると、別の作品に差し替えられてしまう。

和製ファンタジーの傑作「八犬伝」の実写化とは言え、時代劇が衰退して久しい昨今、時代劇を映画化して、どれほどの集客が期待できるか疑わしい。まして、馬琴の話がメインになっていれば大ヒットは望めない。

というわけで、急ぎ映画館に足を運んだわけだが、本作に関しては、もうひとつ理由がある。

何年も前に閉鎖したブログで本作の原作、山田風太郎の「八犬伝」のことを書いたからに他ならない。
そのブログの中で「この原作の実のパートを映像化すれば、そこそこ面白いものができるのではないか」
と書いたのだ。

本作の製作者が、そのブログを読んでいてかどうかは不明(実際は、鬼滅の刃人気に便乗した。というのが正解だろう)だが、そんなことを書いた手前、どんな作品に仕上がっているのか気になり、映画館に足を運んだ。というわけだ。まさか、虚のパートまで実写化されるとは思っていなかったけれど。

思えば高校生のときに出会った原作が、数十年経って実写映画化されるという、その感慨に浸っていた。というのが率直な感想だ。

■山田風太郎「八犬伝」について

ここでは、本作の原作、山田風太郎「八犬伝」(朝日文庫版。上下二巻)について書いていこうと思います。

初見は高校生のころですが、当時の感想など記録していないので、以前、再読しブログに載せた感想を書いておきます。
ネタバレしている箇所があります。それでも構わないという方のみ、お読みください。


【あらすじ】

不思議な珠をもつ八人と、悪人との対決を描く。

【感想】

 山田風太郎といえば「魔界転生」「伊賀忍法帖」といった奇想天外な忍法が出てくる作品で有名だが、今回の「八犬伝」は少し違う。

「虚の世界」と「実の世界」が交互に展開する作品なのだ。

 「虚の世界」は題名どおり山田風太郎版「八犬伝」。
 「実の世界」は「八犬伝」の作者である曲亭馬琴(滝沢馬琴)の私生活の話。

 ちなみに「八犬伝」とは曲亭馬琴が江戸時代に書いた伝奇小説の傑作「南総里見八犬伝」のことだ。

 さすがに傑作だけあって「虚の世界」の「八犬伝」の冒頭。
 伏姫が犬の八房の子供を身ごもって珠が四方に散らばるエピソードは群を抜いて面白い。
 人間である伏姫が犬の子供を身ごもるという話が、ファンタジー的でもあり、SF的でもある。読者の心をしっかり掴んで離さない。
 聖母マリアのキリスト受胎の話がかすむぐらい奇想天外に満ちていて強烈なインパクトがある。ある世代にはドラゴンボールが四方に散らばるように見えるかもしれない。
 原文の「南総里見八犬伝」は和漢混淆文なので、現代人には読みにくいのが難点だが、山田風太郎が現代人にも読みやすいように手直ししてくれている。
 「虚の世界」が終わると「実の世界」が始まって馬琴の私生活が描かれる。
 八犬伝に初めて触れる方は「虚の世界」をメインに読み、「実の世界」は八犬伝創作の舞台裏という側面も持っているので、メイキング映像でも楽しむつもりで楽しんで欲しい。
 逆に八犬伝の内容を既に知っている人は「実の世界」だけ読み進めてもいいだろう。
 いずれにしても、最後の章だけは虚実混合になっているため「虚の世界」「実の世界」どちらも読んでおくことが望ましいが、再読であった今回は「実の世界」だけでも十分感動することが出来た。

 それに、作家の日常を描いているとこうなってしまうのか、馬琴がご近所トラブルに巻き込まれるあたりは、「吾輩は猫である」のようにユーモラスで面白い。
 一方ラストが近づくにつれて馬琴の家族に襲いかかかる不幸が切ない。
 そして老化によって八犬伝自体のつじつまがあわなくなってくるという本書の独自解釈が妙に的を射ているように思われる。
 一般に八犬伝は犬士が揃うまでが面白く、全員集合してからは面白くないとされる。
 ワンピースやドラゴンボールを見ればよくわかるだろう。
 主人公の仲間が増えるまでは人気が高く、仲間がある程度増えてしまうと人気が除々になくなってゆくのと同じだ。
 それが、馬琴の老化のせいだったという解釈は妙に説得力がある。
 足掛け二十八年、八犬伝は完成する。そこは感動的ですらある。

 感想はここまでだ。
 夏休みの読書感想文の課題に山田風太郎「八犬伝」がなるかどうかわからないが、くれぐれもコピペで転載しないように。
 といってもする奴はするんだろうが、先生の評価が悪くても責任は取りません。

 読んでいるうち色々書きたいことが出てきてしまった。

【なぜ私が八犬伝にハマッたのかその経緯】

 実は、鎌田敏夫原作、薬師丸ひろ子主演の映画「里見八犬伝」の影響で「八犬伝」を読むようになったのだ。近年ではアニメで読むようになった人がいるかもしれない。

 どうも壮大な伝奇ロマンという感じがしなかった私は本書を読み、それでも物足りなくて高田衛「八犬伝の世界」を読むまでになった。
 さすがに原文まで手を出す気にはなれなかった。現代語訳がなければ読むことは不可能だし、本書には原文は講釈ばかり書いた理屈っぽい話だと書いてあったからだ。
 「八犬伝の世界」を読んでその思いはますます強くなりそれきりになった。

【八犬伝にみる細かすぎる設定の是非】

 本書には馬琴が病的なまでに完璧主義者だったので、四百五十人ぐらいいる登場人物に全てに決着をつけている。とある。
 更に、「八犬伝」は勧善懲悪ものなので、善行をした人には善なる結果が、悪行をした人には悪しき結果が待っている。とある。
 どんな端役の人物でも、名前、出生、生い立ちを描きやっと物語が進んでゆくのだろう。
 当然話は進まない。江戸時代の物語だから今ほどテンポは速くなくてもいいのだが、一時間で決着のついてしまう刑事ドラマを見慣れている現代人からすれば退屈極まりない。
 通行人Aがどこの誰で、どうなったか興味ないだろう。

 今なら、「スターウォーズ」「ガンダム」「エヴァンゲリオン」といった小難しい設定のあるSFの設定を一人の作家が作中で延々書き進めるのと同じだろう。
 「スターウォーズ」は映画だけ観ても理解できるように出来ているが、「ガンダム」「エヴァンゲリオン」は意味不明な単語がどんどん出てくるのでサッパリ意味がわからない。ウィキペディアなどを読むことで何とか理解できる。しかしウィキペディアは複数の人が記述しているのに、馬琴は一人でそれをしかも作中でやろうとしたのだ。

 「八犬伝の世界」を読むとこの細かすぎる設定が用意周到に準備された伏線だったことに気付かされる。
 一方、本書では「考えすぎだ」と一蹴してしまう。
 本書では細かすぎる設定は百害あって一利なしとしているので、八犬士が全員登場した後はダイジェストのような感じで一気に書かれている。
 私も細かすぎる設定は嫌いで、作中で語られていないことをいくら想像力たくましく力説されても辟易する。
 「ガンダム」「エヴァンゲリオン」も同じような所がないだろうか。
 「ガンダム」は作中で説明もされていない兵器の解説がウィキペディアに延々と書かれているし、「エヴァンゲリオン」は独自解釈による解説が至る所にある。
 細かすぎる設定を知的遊戯と呼べなくもないが、私は情報量が膨大なのでその内しんどくなってしまうのだ。

【歴史ものとして作家の日常はありかなしか】

 これは歴史ものとは何ぞやという大命題に取り組むもので、なかなか難しい。
 合戦シーンがあればいいというものでもないだろう。
 一般には史実に忠実なのが歴史小説で、多少の空想が含まれるものを時代小説とか言うようだが、
 「花子とアン」「ゲゲゲの女房」「吾輩は猫である」も事実に基づいているのなら歴史ものといえなくもない。
 「花子とアン」「ゲゲゲの女房」は昭和の話だが、平成生まれからすればすでに歴史の一部だ。
 なにか重厚な感じがするので、歴史ものと呼びたくはないが、本書に限ってはありとしたい。
 「虚の世界」が「八犬伝」という虚構の話のため、より「実の世界」が史実のように思えてくるからだ。
 江戸時代の作家の待遇や幕府への対応なども史実のように思われる。

【この小説は映像化して成立するかいなか】

 この小説がドラマ化されたかどうか知らない。されたとしても観た記憶がない。
 「実の世界」だけならTVドラマや映画でも映像化は可能だと思う。
 特にご近所トラブルを面白おかしく描いて鬼嫁に辟易するダメ亭主として馬琴を描き、お路に日本髪の似合う女優を抜擢し、後半から泣かせる寅さんのような定番の路線で描けばそれなりに面白いものができるのではないだろうか。
 「実の世界」では馬琴が八犬伝を書き始めたのが数え年で四十七歳とあるので、そのくらいの役者はいくらでもいよう。
 ただし、最近はハッピーエンドばかりもてはやされるので、ヒットするかどうかは別問題だ。

 「虚の世界」も一緒に映像化するならアニメ化しかないのではないだろうか?
 八犬伝自体映像化されたものは前述の映画「里見八犬伝」しか知らないが、小説の面白さを的確に映像化した作品というのは観たことがない。

 伏姫から誕生する八つの珠を実写で表現するのはCGで可能だが、下手な特撮でダメな実写物にするよりアニメで緻密に戦闘を描くのがいいと思う。
 こんな事を書いていながら、確かアニメに「伏 鉄砲娘の捕物帳」というのがあったのを思い出した。もしかしたら、すでに八犬士の物語が描かれているかもしれない。
 ただ、伝奇小説をファンタジーと誤解してはいけない。
 伝奇小説は「ハリーポッター」よりも数段エロく、グロいからだ。
 「ハリーポッター」は大人のものであったファンタジーを子供のものに戻した所に意味がある。
 八犬伝も大人向けではなく、子供向けにアレンジすれば今でも十分に鑑賞に耐えうるものになるだろう。江戸川乱歩「少年探偵団」など、子供向けにしたことで成功した例はいくらでもあるのだから。


以上が再読時の感想です。


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