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管理人Alphonseが観た映画の感想を書いているブログ。
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SPECIAL BOX。
第25弾は、「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」特集です。
最初に断っておきますが、原作については私が観ていないので、アニメ版についてのみ書いていこうと思っています。
そのつもりでお読みください。
それでは、お楽しみください。
鬼殺隊の隊士となった竈門炭治郎(かまどたんじろう)。
無限列車で大量の行方不明が発生しているとの知らせを受け、仲間である我妻善逸(あがつまぜんいつ)、嘴平伊之助(はしびらいのすけ)とともに鬼退治のため無限列車に乗り込むのであった。
久しぶりの映画館。
「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」以来なので5年ぶりです。
コロナ禍ということもあってか、記録的な大ヒットとなった本作。
「千と千尋の神隠し」を映画館で観た手前、映画館で観ておこうかと、半ば義務感のようなものに駆られて鑑賞しました。
5年前は大画面、大音響に感動していましたが、今回はやかましいだけでした。慣れたのかもしれません。
しかし「千と千尋の神隠し」よりは定番のエンターテイメント作品に仕上がっていました。
「鬼滅の刃」自体に関しては「鬼滅の刃 兄妹の絆」に詳しく書いたので、今更書くこともありません。
あえて本作で気になった箇所と言えば、必殺技の乱用でしょう。
基本漫画のアクションの見せ場といえば1対1の対決が定番です。古くは「巨人の星」では投手と打者。「あしたのジョー」はもちろん1対1。「ドラゴンボール」「北斗の拳」「ワンピース」も同じです。
この方が物語として盛り上げやすい。なぜなら主人公と対峙する相手も詳細に描くことができるからです。
ところが、本作では何度も触手が伸びてきて主人公たちを襲います。
そのため何回も必殺技を繰り出すことになってしまい、必殺技の希少価値が薄れてしまいました。わざわざ必殺技の名を叫ぶのが馬鹿らしくなってしまうほどです。
実写映画ではそんなことはありません。古くはブルース・リーやジャッキー・チェン。最終決戦は1対1になるものの、1対多のアクションが必ずあります。
一方、日本のテレビ時代劇は、ほとんどが1対多のアクションです。1対1の対決では一瞬で勝負がついてしまい盛り上がらないからでしょう。
本作のヒットを受けて実写でチャンバラをやろうとする物好きなプロデューサーがいたとしたら、1対多や1対1でどこまで盛り上がるかにかかっているといえそうです。
その他に気になったのはアクションシーン。本作はCGと手書きの両方のアクションが使用されています。そのためか、CGのアクション(触手が伸びてくるシーン)では手書きのアクション(主人公たちが刀をふるうシーン)が物足りなく感じ、テレビシリーズのような高揚感は得られませんでした。葛飾北斎の「GREAT WAVE」のようなエフェクトに慣れてしまったこともあるのかもしれません。
また、CGのアクションを観た後に手書きのアクション(煉獄と上弦の対決シーン)を観たためか、必殺技のエフェクトばかり目についてしまって、人物の動作に物足りなさを感じてしまいました。とは言え、「幻魔大戦」の火炎竜を彷彿として、何とも懐かしい気持ちにさせてくれたのも確かなのではありますが。
戦いが終盤に差し掛かってからは、本作のもう一つのメインともいえるお涙頂戴タイム。印象に残ったのは煉獄の母の言葉。
「人より優れているものは、その能力を私利私欲に使うべきではない。世のため、人のために使いなさい。」
他にも煉獄の言葉で、
「いくら悲しみに沈んでいても、時間は止まってはくれないし、同情などしてはくれない。」
など名言が数多く登場します。
今から思えば、「3年B組金八先生」の名言集のようでもあります。金八先生では主人公金八からすべての言葉が生まれましたが、本作は登場人物の多くから名言が登場しています。
これも、誰もがオンラインで発言できる時代に、ヒーローだけに名言を負わせるのは荷が重過ぎるからでしょう。
さらに、煉獄の言葉に、
「人は老いて死んでゆく。だからこそ、いとおしくもあり、尊くもあるのだ。」
というのがあります。
これは無限列車と同じくSLが登場する「銀河鉄道999」のテーマの一つでもある永遠の命と限りある命のオマージュとみることはできないでしょうか。
「銀河鉄道999」の星野鉄郎はメーテルとの別れを経て大人になります。本作の竈門炭治郎も煉獄との別れを経て大人になっていくように思えてしまいます。
マスクをしながら劇場を出るとき、瞳が濡れていたのはここだけの秘密です。
煉獄のラストに改めて涙。最初は風変わりな先輩だった煉獄。それがラストになってからこの人の弟子になりたいと思わせるような名言。
「先輩が後輩の面倒をみるのは当り前だ。」
でやられてしまった。理想の上司にランキングするぐらいのキャラクターに仕上がっている。
それを顕著に表しているのが伊之助の対応。最初とラストでは明らかに煉獄に対する態度が違う。
厭な奴を好きになる。しかもそれがその人の最後になってわかる。という仕掛けは「さらば宇宙戦艦ヤマト」のデスラー総統。「機動戦士ガンダム」のララァ・スン。と同じ。
主人公を盛りあげるだけの脇役が、忘れられないキャラクターに変貌する瞬間だ。
しかも煉獄のラストでは、猪の仮面をかぶっている伊之助の表情はわからない。
観ているこちらが想像するより他はない。その伊之助が煉獄のラストに涙しているのが判明するのは声優の声である。
助演男優賞を煉獄ではなく、伊之助にあげたくなるほどの名演技であった。
こういったマニアックな観かたは多くの人はしないだろうから、煉獄ばかり人気が出てしまうのだろうなぁ。
と思ったりもする。
そういえば本作は楽しい夢の中で過ごすという話が出てくる。初見時は連想しなかったが、「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」と同じ。宮崎駿監督の「風立ちぬ」には夢の中の話があり、新海誠監督の「君の名は。」は夢の中の話が現実とリンクしている。
伏線が回収されていないとか、物語が破綻しているとか、リアルじゃないとか、物語に色々難癖をつける輩を一掃するには、これ以上ない夢の中の話。最近の流行なのか、とにかく夢の中の話ばかり観ている気がするのは私だけだろうか。
ここでは思いつくまま本作について色々書いてみようと思います。
新型コロナウイルスによって映画界のみならず、あらゆるエンタメ業界が制限を余儀なくされた中、本作は公開され大ヒットを記録しました。
これまで我慢を強いられた観客が一斉に押し寄せたため、これだけの大ヒットになってしまった。
と考えられなくもない。本来なら10億程度のヒットで収まっていたかもしれません。
洋画が全く公開されていない状況下でもありますしね。
このヒットがコロナによるものかどうかは、コロナが収束してからはっきりすることでしょう。
そのためにはこの大ヒットを受けて色々と変更を加える大人の事情に振り回されて欲しくないと思っています。
パロディになったり、似たような作品が量産されたり、実写化したり、声優を人気俳優に変更したり、深夜枠だった放送枠をゴールデンタイムに変更し規制だらけの表現で誤魔化したり、原作にないエピソードや人物を追加して話を水増ししたり、死んだはずの人物を復活させたり、前日談や後日談を作ったり、その他色々。
せめてコロナが収束するまでは大人しくしていて欲しいと思います。大人なんだから。
原作を読んでいないのにこんなことを書くのはおかしな話です。しかし本作をテレビアニメで観た時、「進撃の巨人」がオーバーラップしたのだからしかたありません。おそらく残酷描写が数多く出てきたからでしょう。
本作が人気作となるまでは「ワンピース」と「進撃の巨人」が二大人気漫画でした。
特に「進撃の巨人」は講談社の少年マガジンということもあって、これまでの集英社の少年ジャンプ路線と一線を画していました。
友情を賛美するジャンプ路線を真っ向から否定し、仲間の中に敵がいます。しかも主人公が無敵でもありません。大事なところで全然役に立たないし、1対1よりも1対多の対決ばかりです。話の内容もどちらかと言えば「エヴァンゲリオン」よりの謎だらけのストーリー展開。
そんな作品がヒットしたため、本作では友情路線を封印し、兄妹愛と家族愛を前面に持ってきました。BLと呼ばれるボーイズラブ漫画が認知されてきたこともあるのでしょう。これまでのジャンプ路線とは大違いです。
しかしそれでは往年のジャンプファンが黙っていないので、お約束の修行シーンを入れて強くなる定番の話を入れてあります。他にも比べてみると色々とありそうですが、どこぞで誰かがすでに何かしら書いているかもしれないなぁ。
先述した「進撃の巨人」も多くの謎が解明されラスト間近。本来なら最終回に向けて盛り上がりそうなものですが、そんな気配がありません。
実写版「進撃の巨人」が不評だったとか、映画化されても総集編でしかなかったためかもしれません。
2020年の後半から「進撃の巨人」のファイナルシーズンが放送されていますが、その反応を見ていると人気作の栄枯盛衰を感じてしまいます。本作も何年かしたら、一つのブームとして忘れ去られてしまうのでしょうか。あるいはコロナ禍という特殊な状況下のヒットだったと言われるかもしれません。
本作は深夜アニメから人気が出たといわれています。これまで人気アニメと言えばゴールデンタイムか、夕方が一般的でしたが、それだけアニメ視聴者が大人ばかりになったということでしょう。
ニュース映像で見た漫画の最終巻を求める行列は、平日であったということもありますが、大人ばかり。それは果たして手放しで喜んでいいことでしょうか。
テレビから時代劇が消えた原因の一つは、高齢者しか時代劇を観ないからだと言われています。
同じ原因でアニメがテレビから消える日も近いかもしれません。
テレビアニメでは屋敷の中で鼓を打つと天地左右が入れ替わる術を鬼が使います。この仕掛け「インセプション」のようでもあり、山田風太郎の「忍法八犬伝」のようでもあります。
大正コソコソ話によると、この鼓を打つ鬼は人間の時「八犬伝」が愛読書だったので、山田風太郎の「忍法八犬伝」が元ネタではないかと思われます。
他には列車と競争したい伊之助に「8マン」を彷彿としたり、列車内での煉獄の移動速度が「サイボーグ009」の加速装置を彷彿としたりしましたが、多くの作品に触れれば触れるほど連想作品は増えてしまうので、半ば作品を多く鑑賞したことによる弊害かもしれません。
あと、どうでもいい話になってしまいますが、煉獄の父も弟も煉獄とほぼ同じ髪型なのには笑ってしまいました。
とまぁ、色々と書いていくとキリがないので、このあたりで。
今回は感想より編外余録の方が長くなってしまいました。
原作は既に終了していながら、映像化されていないというこれまでとは一風変った作品です。
今後どうなっていくか想像もつきません。いろんな大人の事情が交錯して幻滅する作品になっていくのか、長期シリーズとして何作も続編がつくられるのか。予想できませんね。
TV放映鑑賞後の感想を追記(2021/9/28)
以下のサイトの情報を参考にさせていただきました。
フリー百科事典「ウィキペディア」
映画チラシサイト(画像はここから入手しました。)
ありがとうございました。